皆さんは、ポリネシアという地域をご存じですか?
ポリネシアとは、ハワイ、ニュージーランド、イースター島を結んだ三角形の海域を指します。
この地域を舞台とした『モアナと伝説の海』は、ポリネシアの文化や神話を物語の中に巧みに取り入れた作品です。
今回は、実写版『モアナと伝説の海』が公開されたことを機に、本作をより深く楽しんでいただけるよう、マウイやテ・フィティなど、ポリネシア神話との関わりについてご紹介します。
さらに、実写版を鑑賞した感想を交えながら、アニメ版との違いや、それぞれの作品ならではの魅力についてもご紹介したいと思います。
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アニメ『モアナと伝説の海』で見るポリネシアン神話とは
それでは、『モアナと伝説の海』で取り上げられたハワイ神話をいくつかご紹介したいと思います。
映画で描かれた神話や文化には、ハワイで今も語り継がれている神話との共通点が見られます。また、ポリネシアの神話は島々によって異なる言い伝えが残されており、同じ神や英雄であっても地域によって物語の内容が異なることがあります。
例えばハワイ神話では、母なる大地の女神パパと父なる空の神ワケアの間に生まれた子どもたちが、ハワイ諸島になったという伝承があります。
また、マウイが不思議な釣り針を使って島々を海から釣り上げたという神話も広く知られています。
このようにハワイには数多くの神話が存在します。
それではここから、『モアナと伝説の海』に登場したキャラクターたちと共通点が見られる神話を見ていきましょう。
おそらく作品をご覧になった方なら、「あのシーンだ」と思わず感じるような神話もあると思います。
なお、本章で紹介する内容は、参考書籍『やさしくひも解く ハワイ神話』などをもとにまとめています。ポリネシアの神話は地域によってさまざまな伝承があるため、本記事ではその一例をご紹介します。
英雄マウイ
映画でも活躍したマウイは、現在でも多くの島々で英雄として語り継がれており、挿入歌「俺のおかげさ」では、実際に伝わる神話をもとにしたエピソードが歌われています。
しかし、彼の出自や釣り針を手に入れた経緯などには映画オリジナルの要素も加えられています。そこで今回は、ハワイに伝わるマウイの神話の一つをご紹介したいと思います。
マウイは、月の女神ヒナと人間の父アカラナの間に生まれた5人兄弟の末っ子で、半神半人の存在でした。
マウイは昔から兄弟たちと釣りに出かけるほど釣りが好きでしたが、あまり上手ではありませんでした。そのため兄弟たちからは煙たがられ、ついには「お前が来ると魚が逃げる」とまで言われてしまいます。
傷ついたマウイが母ヒナに相談すると、あの世にいる先祖のもとへ向かうように言われます。そしてそこで、後に伝説となる不思議な釣り針を授かるのです。
釣り針を手に入れたマウイは、「今度こそ大物を釣ってみせる」と兄弟たちを誘い、再び海へ出ました。
すると突然、これまでにない大きな手応えがありました。しかし、どれだけ釣り針を引いても獲物の姿は見えてきません。
そこでマウイは兄弟たちに、
「獲物が姿を現しても、決して後ろを振り返ってはいけない。釣り針の魔法が解けてしまうからだ」
と念を押しました。
やがて海の中から巨大な島が姿を現し始めます。
しかし、兄弟の一人が獲物を見ようと後ろを振り返ってしまいました。その瞬間、釣り針の魔法は解け、せっかく現れた島は砕けながら海へ沈んでいきます。
そして、その時に砕け散った島々こそが現在のハワイ諸島になったと伝えられています。
その他にもマウイには、大地と分離されていなかった空を持ち上げて高くしたり、人々が活動できる時間を増やすために太陽を懲らしめて日照時間を長くしたりと、数々の神話が語り継がれています。
映画の挿入歌「俺のおかげさ」で歌われている数々の偉業の多くは、実際に伝わるマウイ神話をもとにしたものです。
このようにマウイは、ポリネシアの人びとにとって偉大な英雄として語り継がれており、その神話は現在でも多くの人々に親しまれています。
テ・フィティとテ・カー
『モアナと伝説の海』では、テ・フィティとテ・カーは同一の存在として描かれています。しかし、実際のハワイ神話にテ・フィティという神は存在しておらず、映画オリジナルの存在だと考えられています。
ただし、テ・フィティにはハワイ神話の神々との共通点が数多く見られます。
まず一人目は、母なる大地の女神パパです。
パパは父なる空の神ワケアとともにハワイ諸島を生み出した存在として語られており、大地や生命の源として崇められています。
また、生命や淡水、植物などを司る神カネとの共通点も見られます。
カネはハワイ神話において創造神の一柱として知られ、生命を育み、人々に恵みをもたらす神として信仰されてきました。
映画のテ・フィティもまた、島々に生命を与える存在として描かれています。そのため私は、テ・フィティというキャラクターは、パパやカネといったハワイ神話の創造や生命に関わる神々の要素を取り入れながら生み出された存在なのではないかと考えています。
もちろん、これは公式に語られている設定ではなく、あくまで私自身の考察です。しかし、こうした神話を知ったうえで作品を見ると、テ・フィティという存在がより興味深く感じられるのではないでしょうか。
テ・カーは、ハワイ神話に登場する火山の女神ペレとの共通点が多く見られる存在です。
ペレは、気性が激しく、怒ると火山を噴火させる荒ぶる女神として知られています。
ハワイには現在も多くの活火山が存在しており、人々は古くから火山の恵みと脅威の両方とともに生きてきました。そのため、火山の持つ圧倒的な力は神々の存在と結び付けて語られるようになったと考えられています。
ペレは、漆黒の長い髪を持つ美しい女性として描かれることもあれば、白髪の老婆の姿で現れることもあります。
また、彼女の怒りによって火山が噴火したり、人々が試練を与えられたりする神話も数多く語り継がれています。
こうした特徴を見ると、テ・カーにはペレの影響が感じられます。
映画では、心を失ったテ・フィティが荒ぶるテ・カーへと姿を変えます。破壊と怒りを象徴するテ・カーの姿は、火山の力と結び付いたペレの神話を思い起こさせます。
ただし、テ・フィティと同様に、テ・カーも特定の神をそのまま映像化した存在ではなく、さまざまな神話や文化的要素を取り入れて生み出されたキャラクターだと考えられます。
このようにテ・フィティとテ・カーは、ハワイ神話に登場する神々をそのまま映像化した存在ではなく、生命と破壊という自然の二つの側面を一つの存在として表現したキャラクターだと考えられます。
生命を育むテ・フィティと、怒りによって破壊をもたらすテ・カー。しかし物語の終盤で明かされるように、その二つは本来別々の存在ではありませんでした。
これは、自然が恵みをもたらす一方で、ときには脅威にもなり得るという考え方を象徴しているようにも感じられます。
モアナのおばあちゃんとアウマクア
モアナのおばあちゃんが亡くなった後、エイの守護霊が現れたのを覚えていますか?
あれは実はディズニーのオリジナルではなく、ハワイ神話で語られる「アウマクア」という存在との共通点が見られます。
アウマクアとは、家族神や先祖神を意味する存在です。
ハワイでは、亡くなった家族や先祖が神となって一族を見守ると考えられており、日本でいう守護霊のような存在と考えると分かりやすいかもしれません。
その姿はさまざまで、劇中歌「モアナ」で描かれたように先祖の姿のまま現れることもあれば、サメやフクロウ、さらにはネズミやトカゲなどの動物の姿で現れるという伝承も残されています。
私が知って特に印象的だったのは、サメのアウマクアにまつわる神話です。
ある13歳の少女は、海から上がってきた男性が訪ねてくる不思議な夢を何度も見ていました。
そしてある日、その少女は妊娠し、生まれてきた子どもはなんとサメだったのです。
家族は、そのサメが神聖な存在であることを悟り、大切に海藻で包んで海へ帰しました。
それ以降、その家族はサメを狩ることも、サメを包んだ海藻を食べることもしなくなったといいます。
そして、その一族はアウマクアであるサメに見守られながら暮らしていったと伝えられています。
このようにアウマクアという先祖や家族を見守る存在は、ディズニーのオリジナル設定ではなく、古くからハワイで語り継がれてきた信仰の一つなのです。
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実写版『モアナと伝説の海』はどのように変わったのか
まず驚いたのは、実写版を観た率直な感想として、アニメ版とストーリーがほとんど変わっていなかったことです。
今回、それが一番の驚きでした。
しかし、それも当然だったのかもしれません。
『モアナと伝説の海』は、アニメ版の時点ですでに完成された物語だからです。
これまで実写化されたディズニー作品の多くは、アニメ版の公開から四半世紀、あるいは半世紀以上が経過していることにより、その間に時代とともに価値観も大きく変化しています。
一方、『モアナと伝説の海』は2026年現在でも公開から約10年しか経っていません。
そのため、現代的な価値観やメッセージは、アニメ版の時点ですでに十分に描かれていた作品だったと言えるでしょう。
では、ストーリーがほとんど変わらない実写版は、いったい何が変わったのでしょうか。
ここからは、私が実際に鑑賞して感じた違いと考察をご紹介したいと思います。
ポリネシアのマウイ像
これは、あくまで僕自身の考察です。
皆さんもご存じの通り、今作でもマウイはドウェイン・ジョンソン本人が演じています。
私は、そこには単なる続投以上の意味があったのではないかと感じました。
『やさしくひも解く ハワイ神話』によると、アニメ版『モアナと伝説の海』で最も不満の声が上がったのがマウイの描き方だったそうです。
ポリネシアでは、若く凛々しい英雄として語り継がれるマウイのイメージがある一方で、アニメ版ではふくよかな体格のキャラクターとして描かれていたため、そのギャップに違和感を抱く人もいたと紹介されています。
ドウェイン・ジョンソンはサモア系のルーツを持つ俳優でもあります。
だからこそ今回の実写版では、ポリネシアの人々が抱く英雄マウイのイメージをより意識した表現が取り入れられたのではないかと考えています。
実際、実写版のマウイは、アニメ版以上に凛々しく、英雄らしい風格を感じさせる人物として描かれていました。また、ドウェイン・ジョンソン自身が得意とする力強いアクションも加わったことで、その存在感はさらに際立っています。
私自身、実写版のマウイはモアナに並ぶもう一人の主人公として強い印象を受けました。そして、ポリネシアで現在も語り継がれる英雄マウイの姿を、アニメ版以上に色濃く表現した作品だったように感じます。
もちろん、これが制作側の意図だったと断定することはできません。しかし僕は、今回の実写版には、ポリネシアの人々が抱く英雄マウイのイメージへ近づけようとする思いが込められていたのではないかと考えています。
実写化で鮮明となったポリネシアの文化
今作は、物語や演出においてアニメ版から大きな変更はありません。
しかし、前章で紹介したマウイと同様、出演者の多くにポリネシアにルーツを持つ俳優が起用されたことで、作品が描こうとしている文化に、より説得力が増したように感じました。
この章では、実写版でより鮮明に感じられたポリネシアの文化に注目し、人々がどのように暮らし、どのようにして広大な海を渡っていたのかをご紹介したいと思います。
ポリネシアの人々はどのように暮らしていたのか
この記事の最初でもお伝えしたとおり、ポリネシアは非常に広く、島々によって文化や風習、そして神話も異なります。
しかし、その中には共通して見られる文化もあります。ここでは、『モアナと伝説の海』で描かれたものを中心に、大まかにご紹介します。
物語の冒頭で流れる「いるべき場所」では、モアナが暮らす島の人々の生活が、音楽と映像を通して紹介されています。
彼らは農耕や漁によって食料を得ながら、ココナッツやバナナ、タロイモなどを食べ、豚や鶏を飼育して生活しています。
ここで少し補足すると、実際のポリネシアでも、ココナッツやバナナ、タロイモなどの作物に加え、海で獲れる魚など、島と海の恵みを利用した食文化が発達してきました。
また、豚や鶏などの動物も飼育されており、地域によっては犬なども人々の暮らしの中で飼われていました。人々は島という限られた環境の中で、陸と海の両方から恵みを受けながら暮らしてきたのです。
そして、もう一つ重要なのが「口承文化」です。
ヨーロッパ人との接触以前のポリネシアでは、現在のような文字による記録ではなく、神話や伝説、歌、踊り、語りなどを通して、祖先から子孫へ歴史や文化を受け継いできました。
『モアナと伝説の海』でも、その姿を象徴しているのがおばあちゃんです。
おばあちゃんが子どもたちにテ・フィティやマウイの物語を語り聞かせる姿は、まさに物語を通して次の世代へ知識や伝承を受け継いでいく様子として見ることができます。
こうした口承によって文化が受け継がれてきたこともあり、文字による記録だけから当時の暮らしや歴史をたどることは難しく、考古学や言語学など、さまざまな研究からその姿が明らかにされてきました。
そう考えると「いるべき場所」は、単にモアナたちの日常を紹介する歌ではなく、
ポリネシアの人々が島と海の恵みを受けながらどのように暮らし、文化を次の世代へ受け継いできたのかを、音楽と映像を通して分かりやすく表現した場面なのではないでしょうか。
ポリネシアの人々はどのようにして海を渡っていたのか
ここまでポリネシアの文化について調べてきて、私が特に驚かされたのが、彼らは島やその周辺で手に入るものを使ってカヌーを作り、この広大な海を旅していたということです。
劇中歌「もっと遠くへ」では、その様子が分かりやすく表現されており、物語の中でもマウイの指導によって、モアナが少しずつ航海術を身につけていきます。
しかし、作中ではカヌーがどのように作られ、ポリネシアの人々がどのような航海術を使って海を渡っていたのかまでは詳しく語られていません。
そこで、ここからは映画では描き切れなかった彼らの航海についてご紹介したいと思います。
まず、ポリネシアの人々は島にある木や枝などを使ってカヌーを作っていました。
そして、カヌーを作るために必要な紐には、ココナッツの繊維が使われていたそうです。
さらに大きなカヌーでは、嵐にも耐えられるよう、亀から取れる鼈甲(べっこう)を使って繋ぎ目を固定し、より丈夫な作りにしていたといいます。
つまり彼らは、島や海から得られる身近な資源を巧みに利用してカヌーを作り、それに乗って大海原へと漕ぎ出していたのです。
そして、驚かされるのはカヌーの作り方だけではありません。
彼らは朝には太陽、夜には星を頼りにしながら、風や海流、雲の形、鳥の種類や飛ぶ方向など、周囲の自然を観察して目的地を目指していました。
現代のような地図やGPSがなくても、海や空に現れるさまざまな変化を読み取り、それを航海の手がかりとしていたのです。
このようにポリネシアの人々は、島やその周辺にある資源を活用してカヌーを作り、さらに海や空といった自然を読み取る航海術を身につけることで、広大な太平洋の島々へと渡っていきました。
そう考えてから「もっと遠くへ」を改めて観ると、あの場面が単なる冒険の始まりではなく、ポリネシアの人々が受け継いできた航海文化を表現したシーンであることが、より深く感じられるのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたか?
『モアナと伝説の海』は、ポリネシアの神話や文化を物語の中に巧みに取り入れた作品です。
アニメ版では、マウイやテ・フィティ、テ・カー、アウマクアといった神話的な要素を通して、ポリネシアに伝わる神話や自然観が描かれていました。
そして実写版では、ストーリーそのものを大きく変えるのではなく、ポリネシアにルーツを持つ俳優たちや、より現実味を増した映像によって、人々の暮らしや航海文化、そして英雄マウイの姿がより鮮明に感じられる作品になっていたように思います。
公開から約10年しか経っていない『モアナと伝説の海』に、現代的な価値観を新たに付け加える必要はなかったのかもしれません。
だからこそ今回の実写化では、物語を大きく変えるのではなく、アニメ版ですでに描かれていたポリネシアの神話や文化を、実際の人々や風景を通してより身近に感じられるようにすることが、一つの役割だったのではないでしょうか。
私自身、今回ポリネシアについて調べてみて、広大な海を渡った人々の航海術や、祖先から受け継がれてきた神話や文化を知ることで、『モアナと伝説の海』という作品の見え方が大きく変わりました。
作品を観て終わるのではなく、その背景にある文化や神話を知ることで、何気なく見ていた場面にも新しい意味が見えてきます。
アニメ版をすでに観た方も、実写版をこれから観る方も、ぜひポリネシアの文化や神話にも注目しながら、『モアナと伝説の海』の世界を楽しんでみてください!


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